洋館倶楽部 - 旧若林邸保存会

洋館倶楽部 - 旧若林邸保存会

旧若林邸が新しく生まれ変わります

旧若林邸という老朽化で解体寸前だった近代建築の再生を目指しています。ここは若林篤之が金沢医学専門学校を卒業し、大正2年に開業した医院兼住宅です。L字型に洋館と和館が接続し、基礎、建具、戸袋、軒裏など随所に高度な技法の跡を確認できます。私たちは2019年にこの建物を買い取り、地域遺産として修繕工事しています。

再建の道のり

西洋館(北館)は観光の拠点に

1階は旅の休憩室です。10畳2間の和室から庭を眺めながら、どなた様もくつろいでお過ごしください。リフォームした快適なトイレもご利用いただけます。2階はこの屋敷で最も貴重な部屋で、保存のため普段は非公開です。ご覧になりたい方は、春と秋の非公開文化財一斉公開「佐渡まるごとミュージアム」の期間中にご来館ください。旧若林邸の青図(青焼き図面)や資料と共に公開されます。

日本館(南館)は再建中&テナント募集

旧若林邸を活用して働きたい! という人や企業を募集しています。A4 3枚以内で事業計画書(連絡先明記)を佐渡古文化保存協会宛にお送りください。メール、郵送、どちらでも可。佐渡に住んで、この建物の良さを活かしながら自分のやりたいことを実現させるために研鑽できる方、自分でモノやコトを起こしていける方をお待ちしています。賃借料要相談。館内見学できます。

フォトギャラリー

旧若林邸のストーリー

旧若林邸の歴史

「大正二年に、真野地区金丸で代々漢方医をやっていた若林家の次男・若林篤之が、金沢医専を卒業した洋方の医学士として一宮橋際に料亭山屋を譲り受け、そこに開業した。皮膚科を得意としていたが、内科その他も診療した。昭和二十三年に篤之の死後、長女ミドリが家業を継いでいたがまもなく結婚して転出したため閉院した。」『波多-畑野町史総篇-』(昭和63年)より

館内に飾られている古の若林邸絵画

新しい思い出が生まれる場所へ

雨漏りしていた西洋館を工事したいと寄付を募ったとき、「若林医院にお世話になりました」「ここで子供の頃は遊んだよ」「寄宿していました」などの声が寄せられ、寄付のほとんどが“ご縁”によるものでした。ご縁の力で修繕が叶い、私たちは旧若林邸を地域に残すことができました。この先、たとえば50年後、100年後に再び老朽化したとき、この建物を生かす力はなんだろうか。それはやはり、ご縁なのだと思います。だから皆さん、再建中の旧若林邸に遊びに来てください。イベントがあれば参加して、思い出をつくってください。人と人がつながるために、何かが始まるきっかけに、町をおもしろくするために。そのために旧若林邸は存在しています。

修繕の歩み

私たちが2019年9月に保存のため購入したときすでに雨漏りしており、外壁は破れ床は抜け、崩れる寸前でした。1番の苦慮は資金でしたが、まずは建物周辺のうっそうとした木々を伐採し、空気を通し建物が湿気ないようにしました。SNSで寄付を呼びかけ全国から御支援いただいたほか、事業を興し補助金を申請。2022年現在、やっと西洋館のみ修繕できたところです。これからも皆様のご協力をどうかお願いいたします。